4,夏の終わり

さて、賢明な皆様はお気づきであろう。昨日思い立って、もしも、僕が二ついてブログを書いたのだが、そう、今更だけどセルフライナーノーツにしようと思う!安易、安易よノォwwwwwwそもそもね、わたし、セルフライナーノーツを書く意味がわからんかったのですよ。確かにね好きなCDとかがどうやってできた曲だとか知りたい。でも、ひねくれ者のわたしは、会って話して聞くまで知りたくなかったりするのです。会えるまで頑張って、それから、聞く!そしたらなんだか秘密ができたみたいで少しうれしい☆ でもね、やってもないのに文句を言うのはダサい。という事で、今回のショート・ムーヴィーは音学的にも実験をしてるのでここでも実験をしてみようと!前置きは長くなりましたが、セルフライナーノーツ始めます♡前回のブログにも書いた通り、ショートムーヴィーというアルバムは、映像は入ってないけど、映像を思い浮かべられるような。そんな曲たちを表現させてもらってるのですが、今回はその中でも一番古い曲、夏の終わりについて話したいなあと。 この夏の終わり、実は曲ができたのは2010年とか。森田くみことして活動する前の事。それまで密かにバンドをやっていたのですが、この曲は作詞作曲編曲までをわたしのワンマンでやらせてもらった曲。(まあそこにバンドの皆さんのセンスが相重なって、演奏してたのですが。)大学生のやってるバンドは、就職を機にやめることも少なくなく、私たちも例に漏れず解散。紆余曲折あり、わたしは大学の方を終わり、半年後、ソロとなった。ちなみにそのバンドの解散ライブは、盟友crimsonと共に。タイトルは"the end of summer"夏の終わりの出来事だった。   あれは2010年だったか。アルバイトをしていたわたしが休憩中ケータイを開くとおびただしい数のメールと電話が。留守電を聞く間もなく、また電話がなり、通話をオンにした瞬間わたしに知らせが入った。思った以上に平然としていられた自分にもびっくりしたが、理解にほど遠く、バイトを終わらせて友人と落ち合った。話す内容は常識を擦り合わせるような内容で。たいして毎日一緒にいたとかじゃない。そこにいたというだけだったのに、心の一部はブラックホールのようになって、涙も気持ちも吸い込んだ。感情の表し方が普段から苦手ではあったが、この時ばかりは本当にわからなかった。1人暮らしの家に帰るのが嫌で、友達と集まってみんなで川の字になって寝た。きっとみんな1人になりたくなかったのだろう。久々に会った僕らは思い出話をした。笑いながら、くだらない話をし続けて朝方眠りについた。  祖父が死んだのも夏の終わりだった。九州は夏が少しだけ長い。わたしがまだ10の時。死というものを受け入れるほどの経験も何もなく、冷たくなった祖父を見ても何一つ実感がわかなかった。おじいちゃん子だった私は、夢を見ているかのようにおじいちゃんのそばにいた。何を話すでもなく、ただそこにいた。火葬場に向かうマイクロバスの中で、おじいちゃんが焼かれるという事実を目の当たりにし、声を上げて泣いた。なんで泣いたかはわからないのだけれど、嗚咽は止まらなかった。無口で不器用なおじいちゃんが大好きだった。重い私をおぶって水族館や茶市に連れて行ってくれた。小さな頃の思い出に母はあまりいない。おじいちゃんばかりだ。母ひ妹の出産で大変だったから、祖父といる時間がとても長かった。理解はしていなかったのだけどわかったのかもしれない。死を初めて目の当たりにした。夏の終わりだった。 ひぐらしが鳴く。涼しい風が吹いて、髪を揺らす。夏の終わりは私にとって一番の別れの季節。もちろん悲しい。寂しい。だけど変わりゆくのは周りだけではない。 わたしもまた変わってしまった、夏の終わり。CDの購入はこちら♡