3,rain

安易に始めてしまったセルフライナーノーツ。どうしよう、別にもう書く事がない。。このrainという曲はどのラジオ局にも一番に出していて、なんなら、鹿児島はMBCの夕方のニュース、ニューズナウのエンディングテーマになってしまったのだ。(ありがてぇ、ありがてぇよぉ)(月曜から金曜の18:15〜放送のニューズナウ、ぜひよろしくね☆) このrainという曲、今までの私の曲とちょっと違うと周りから言われたりもする。私ねえ、2015年は何もできない年だったのよね。曲が作れなくなって、歌も良くなくてね。ほんとに、何もできなくなったの。あるときね、神戸で結婚式があって、その翌日静岡でライブだったのね。早朝に新幹線に乗り、静岡に向かったわけ。曲ができないって本当に苦しかったのよね。ただでさえ無価値な私が、もうほんとゴミクズのように思えていて。ほんとうにゴミカスだったのよ。たぶん笑その日の神戸は大雨で、土砂降りの中新幹線が発車して。雨ってすごいのね。本当に新幹線がバケツで水ぶっかけられたみたいになってるの。新幹線も速いから、水が捌けると、森から霧が立ち昇ってる。雨と霧、水が循環する様を見てしまって、その場でこの曲を書き上げた。とても美しかった。そうやってできた歌。捻くれてる私は、太陽にはなれないけれど、あなたの雨になりたい。 Online storeはこちら♡

4,夏の終わり

さて、賢明な皆様はお気づきであろう。昨日思い立って、もしも、僕が二ついてブログを書いたのだが、そう、今更だけどセルフライナーノーツにしようと思う!安易、安易よノォwwwwwwそもそもね、わたし、セルフライナーノーツを書く意味がわからんかったのですよ。確かにね好きなCDとかがどうやってできた曲だとか知りたい。でも、ひねくれ者のわたしは、会って話して聞くまで知りたくなかったりするのです。会えるまで頑張って、それから、聞く!そしたらなんだか秘密ができたみたいで少しうれしい☆ でもね、やってもないのに文句を言うのはダサい。という事で、今回のショート・ムーヴィーは音学的にも実験をしてるのでここでも実験をしてみようと!前置きは長くなりましたが、セルフライナーノーツ始めます♡前回のブログにも書いた通り、ショートムーヴィーというアルバムは、映像は入ってないけど、映像を思い浮かべられるような。そんな曲たちを表現させてもらってるのですが、今回はその中でも一番古い曲、夏の終わりについて話したいなあと。 この夏の終わり、実は曲ができたのは2010年とか。森田くみことして活動する前の事。それまで密かにバンドをやっていたのですが、この曲は作詞作曲編曲までをわたしのワンマンでやらせてもらった曲。(まあそこにバンドの皆さんのセンスが相重なって、演奏してたのですが。)大学生のやってるバンドは、就職を機にやめることも少なくなく、私たちも例に漏れず解散。紆余曲折あり、わたしは大学の方を終わり、半年後、ソロとなった。ちなみにそのバンドの解散ライブは、盟友crimsonと共に。タイトルは"the end of summer"夏の終わりの出来事だった。   あれは2010年だったか。アルバイトをしていたわたしが休憩中ケータイを開くとおびただしい数のメールと電話が。留守電を聞く間もなく、また電話がなり、通話をオンにした瞬間わたしに知らせが入った。思った以上に平然としていられた自分にもびっくりしたが、理解にほど遠く、バイトを終わらせて友人と落ち合った。話す内容は常識を擦り合わせるような内容で。たいして毎日一緒にいたとかじゃない。そこにいたというだけだったのに、心の一部はブラックホールのようになって、涙も気持ちも吸い込んだ。感情の表し方が普段から苦手ではあったが、この時ばかりは本当にわからなかった。1人暮らしの家に帰るのが嫌で、友達と集まってみんなで川の字になって寝た。きっとみんな1人になりたくなかったのだろう。久々に会った僕らは思い出話をした。笑いながら、くだらない話をし続けて朝方眠りについた。  祖父が死んだのも夏の終わりだった。九州は夏が少しだけ長い。わたしがまだ10の時。死というものを受け入れるほどの経験も何もなく、冷たくなった祖父を見ても何一つ実感がわかなかった。おじいちゃん子だった私は、夢を見ているかのようにおじいちゃんのそばにいた。何を話すでもなく、ただそこにいた。火葬場に向かうマイクロバスの中で、おじいちゃんが焼かれるという事実を目の当たりにし、声を上げて泣いた。なんで泣いたかはわからないのだけれど、嗚咽は止まらなかった。無口で不器用なおじいちゃんが大好きだった。重い私をおぶって水族館や茶市に連れて行ってくれた。小さな頃の思い出に母はあまりいない。おじいちゃんばかりだ。母ひ妹の出産で大変だったから、祖父といる時間がとても長かった。理解はしていなかったのだけどわかったのかもしれない。死を初めて目の当たりにした。夏の終わりだった。 ひぐらしが鳴く。涼しい風が吹いて、髪を揺らす。夏の終わりは私にとって一番の別れの季節。もちろん悲しい。寂しい。だけど変わりゆくのは周りだけではない。 わたしもまた変わってしまった、夏の終わり。CDの購入はこちら♡

5,もしも、僕が

 ツアーの興奮も冷めやらぬまま、ブログをしたためたいところだけど、それよりまず今お知らせしたことを。初めてMVを作ったのです。手作りで(笑)わたし、映像のえの字のセンスも持ち合わせてないから今まで作ったことがなかったの(笑)今回のミニアルバムのタイトルは、ショート・ムーヴィー。日本語だと短編映画。わたしはいつも歌を作るときに、目に映る情景やあの日の匂いや、そういうものを考える。毎日事件があるわけじゃない。言い方を変えれば、何もない日常だってある種の事件なのかと。だから、このアルバムを聴いて、あなたの何気ない日常だったり、小さな事件が、きっといいものだって思えたらいいなあって。まあこれはわたしのエゴだからどんなことを思ってくれても構わない。MVにした曲は、5曲目の、"もしも、僕が"この曲はどのラジオ局でも流してもらってないし、いわゆる、推し曲ではなかった。それこそ、この曲が出来上がったのがレコーディング当日。本当は他の曲を収録するつもりだったのに、その朝降りてきたのだ。一気に書き上げたこの曲をその日、CDに入れた。どうしてこの曲をまず映像化したのかというと、わたしが東京に来てからずっとお世話になってる場所があった。浅草の地下にある洋服屋。洋服屋なのにタバコが吸えて、売る服はあまり置いてなくて、猫がいて。看板もルーズリーフに店の名前をはっつけて書いてるだけ。これだけ書いたら、なんでやる気のない服屋なんだ!って思うかもしれないね。ここではたくさんのことを教えてもらった。(今だってたくさん教わっている。)扱うものが服と音楽と違えど気持ちはきっと同じだ。いいものを、手をかけて、心を込めて、丁寧に生み出して発信する。時間をかけてゆっくりと、それは多くの人に伝わり、そこに在るもの、となっていく。不思議なことにここの服を着ると、何か力が湧いてくるのだ。生きる力というか、明日はこれを着たいな、なんて、わたし今まで考えたことなかった。服なんてどれでもよかったし、真っ黒な服しか持ってなかった。服が破れたらまた新しく安い服屋で洋服を買い、少ない服を着まわしていた。でも服はそう在るためになかった。ステージの上に立つときは、しゃんと背筋の伸びる服と靴を。それはわたしの自信となった。日常は着心地の良い、洗って何度も使える服を。着るたびに馴染むその服は、どんどん私だけのものになっていく。服に無縁だった私にとって、この服屋は東京に来たときの最初の衝撃だったのだ。だから私は、東京で作った歌たち、最初のMVは絶対ここで撮りたかったのだ。日本には二回の死がある。店主は彼が死んだ時言った。1度目は肉体の死。2度目は皆の記憶から消える死。彼は1度目の死を迎えた。多くの人に愛されて、死を迎えた。彼は何も喋ることはなかったけれど、皆のなかに在ったのだ。死んでからもなお、彼はまだまだ、私たちの中に生き続けるだろう。2度目の死はなかなか来ないということは、彼の眠っていたゆりかごの花が証明している。彼は何を見ていたのだろうか。自ら進んでそこに行き、人と共に生きた。きっと嫌なことだってあっただろう。でも、私にも、ここにいていいよって言ってくれた気がした。彼がいると皆、笑顔になった。子供がはしゃいでちょっかいをかけるとちょっと嫌そうな顔をしながら、でも我慢してそこにいた。彼の見ていた世界を、ほんの少しだけ覗きたくなったのだ。彼の気持ちを代弁しようなんて全く思っていない。だから彼の歌ではないと思う。これはわたしの言葉だ。でももしかしたらそのレコーディングの朝、彼がわたしに言葉をくれたのかもしれないなあ。彼はわたしの中でも、まだ2度目の死を迎えることはない。彼の日常は、わたしの見たことない、ちょっとした事件だったのだ。もしも、僕が / 森田くみこ 【MV】