懐古的少女のはなし

  • そんなに過去に執着したり振り返ったりしないタイプなんだけど、なんとなくインスタの過去の写真を見てたら面白くなっちゃって、眠れねぇじゃねえかこのやろう。

 わたしはね、大学の頃少しだけバンドしてたんだよ。オリジナルで曲作ってさ。でも、みんな就職して終わっちゃったけど。そのバンドやってる時は、わたし一生音楽やりたいんだよねって言ったらすごい嘲笑の嵐だった。「やれるわけねーだろ!何言ってんの?」わけがわかんなかったんだけどすごく腹立たしくて、それを言葉にすることをやめた。周りの目を気にしてたわたしは、それがすごく恥ずかしいことのように思えてしまったのだ。そんな弱い自分も、今となっては可愛いもんだけど 笑 そんな時に出会ったのがWALK INN STUDIO。初めて弾き語りをしたきっかけ。(厳密に言えば、その前年にゲスのちゃんまりと阿部真央ちゃんと一緒にしたのがほんと最初だけど、カバーばっかw)初めてのオリジナルの弾き語りはHUSKING BEE 磯辺正文さんと。ちょうどあの地震から一ヶ月の4/13。わたしは多分まだ森田久美子(Junk Buddhist)名義だった。それから時は経って12月に東北ライブハウス大作戦のイベントをして、でもまだその弾き語りの時も決心がつかなくて。2012年に新しく組んだバンドをすぐ解散して、弾き語りやるって、WALK INN STUDIOの野間太一に電話したんだったwなんで電話してんだよwwww 2012年からはクソほどライブさせてもらった。共演は、HUSKING BEE、UA、吉田山田、黒木渚、YeYe、中山うり、岩瀬敬吾(敬称略)2013年はタテタカコ、中村マサトシ、韻シストshu、山口洋。ほかにもたくさん。(こっちも敬称略)あと鹿児島のほぼすべてのバンド。ラジオもテレビも特集で出させてもらって、鹿児島県内各地を飛び回った。たった2年。たった2年鹿児島で活動して、わたしは東京に出てきた。鹿児島の森田くみこより、東京の森田くみこのほうがもう長いなんてねw すごい話だ。 面白い投稿があった。2012年のAIR JAMに行った時のやつ。その時見た初めてのBRAHMANは、最強だった。ハイスタはもちろんすごかった。青春だもん。でもね、BRAHMANがほんとにすごかったの。どれくらいすごいかって、帰りに渋谷のタワレコでTOSHI-LOWさんの詩集買って、渋谷のカフェでそのまま全部読んでしまったくらいw詩集かよ!って感じだけどwwww夢がまた1つ増えたなんて投稿してたけど、多分その時の夢叶っちゃったんだよね。会いたかったんだよね。でも会えたころにはそんなこと忘れてて、今は新しい目標ができちゃったの。ふふふ。なんか、たまには過去を振り返るのもいいね。森田くみこ今年5周年。たったの5周年。大好きなHAWAIIAN6の4分の1。 まだまだ小童じゃねぇか。なんだってできるね。なんかね、今までの焦りとかそういうのを少しだけ置いてみたんだ。少しだけ諦めに近い感情なんだけど、それは別に悪いものじゃなくて、わたしの歌を生かしたいってそれだけなんだ。わたしがこの子達を生かしてあげなきゃって。わたしの存在なんてただの肉体だよ。ただの器。 生きて。生きて。もっと、生きて。  

今のわたしはもう過去になる

小さなわたしという人間の、拙い人生の中で、少しの変化が起きようとしている。

自由に生きるということは変化がつきものだし楽しんでそれを受け入れてるけれど、今回の変化はわたしのこれからに大きく関わるようなそんな気がするのだ。変化など変わってしまえば日常だけどね。 唐突に伝えられた宣告は、一ヶ月でわたしの生き方を大きく考えなきゃいけないものになってしまって、いや、ずっと考えてるんだけど。これまでの自由は、もしかしたら失うかもしれない。新しい自由を手に入れなきゃいけないのかもしれないね。 帯をぎゅっと締め直して進めよわたし。きっとその先に新しい生き方はまたあるんだとそう思う。 

おとこのことおんなのこ

セクシャリティのはなし。最近自分が男だか女だかわからなくなる瞬間がある。いや、体つきはもちろん女だし、恋するときは男の子に恋するし、セクシャリティ的には紛れもない女なのである。ただ、機会がないってだけなのかもしれないなって最近思ったりもする。そうそう、ホモの友達にも言われたんだった。 「あんたはもう立派なホモよ!」 真意はわからないw馴染みの飲み屋の店長にも言われた。 「バイなんじゃない?気づいてないだけで」 なるほど、そういう考え方もあるのね。他にも、男でも女でもないよねとか、そういう次元の話じゃないとか。 小さい頃は、男の子になりたかった。なりふり構わず走り回ってサッカーしたり野球したりする姿に憧れていた。同級生のおんなのこたちが好きな男の子の話をするときは、(転校しまくってたわたしは)とにかく話を合わせてた。話を合わせてるとそれが本当に思えてくるのが不思議。恋は思い込みで全て成り立っていた。その間お付き合いしてみたりもした。嫌でもないし、好きだという思い込みはとても強かった。(今でも思い込みでどうにかなることもたくさんあるw)大学に入ってからも男の子になりたい気持ちは変わらなかった。男の子100人くらいに女の子が4人という学科に入ったが、女の子同士でつるまなきゃいけない理由がわからなかった。自然とその3人の女の子とは離れていったし、それより仲のいい男の友達ができたりもした。高校から唯一連絡を取っている友達も、男の子だ。これらの関係に性的なものは一切なく、本当にただの友達。結婚をしただの、彼女ができただのの報告もよく受けたりする。そもそも、男女の友情は成り立たないというが、果たしてそうなのだろうか。私にとっては、周りが男とか女とかホモとかもうあまり関係ないようになってきた。いち人間として接するし、相手もただ森田くみことして接してくれる。友人のパートナーに失礼のない範囲でご飯に行ったりもする。これを友達と言えなかったら、私の友達は片手で足りるほどになってしまいそうだ!w ただ、わたしの女としてのアイデンティティはほとんどもうない気がしてしまう。スカートをはくときと、あとは下着をつけるときに思い出すくらいだ。別に今は男になりたいとか思わない。だからと言って絶対的な女であるかと言われると、よくわからない瞬間がたくさんあるのだ。 こんなわたしでも、これから恋をすることもあるだろうし、もしかしたら結婚して子供を持ったりすることがあるかもしれない。おとこのことおんなのこの間でフラフラと揺れながら、もしかしたらどっちでもなく、このまま生きていくのかもしれないと、ふと思った今日この頃。

手紙

昨日とてもうれしいことがあった。思い出しただけでにやけるような。音楽やっててよかったなあ。そしてまだまだ歌いたいなあ。そんなことを思いながら言葉を紡いでみている。おんがくになったら聞いてほしいなあ。このいつまでも青くて新しい感情

近い天井

友達が泊まりに来た深夜、いろいろ話してさて寝るぞとなった今、シンとした部屋でいろんなことを考えている。わたしのこと、わたしの周りの人たちのこと、いろんな物事のこと、近い天井を見ながら、ぼーっと考えてしまう。近くにいるあの人たちやあなたに、私は何ができるんだろう。どんな言葉をかけてあげられるだろう。例えば病気になった時、例えば道に迷った時、例えば近くの人が死んだ時、例えば病気を患ってしまった時、例えば死にたくなった時、私の持つ全てをもってして、あなたを救えるんだろうか。そんなこと求められてもいないんだろうけど、過去に見た素晴らしい景色をうまく伝えることさえできない私は、何ができるんだろう。なんとなくで済ませたくないことが多すぎる。口では癖でなんとなく、なんて言っても、なんとなくじゃないことばかりだ。偶然の皮を被った必然。もっと深く関わっていきたい。もっともっとあなたを知りたい。そんなことばっかりだ。以前、交通事故で足の自由をなくした方にあった時。この方はパラリンピックのとある出場種目の前キャプテンで、"今動かせる体の全てを使ってプレイする"とおっしゃっていた。私は今持てる全てを使って生きているか。こんなに自由に生きていて、わたしは全力か。まだできる、もっとできる。あぁ、もっと近づきたい。もっと知りたい。あなたの近くにいてみたい。きっとこれはまた何かのはじまりなのかもしれない。